こぼれ話 歯科衛生士に知ってほしい!高齢者の栄養のこと

シリーズ全4回で掲載しきれなかったちょっと気になる情報を紹介します!

国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター 老年内科 医長 愛知医科大学大学院医学研究科 緩和・支持医療学 客員教授 前田 圭介先生

解説してくれる医師

国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター 老年内科 医長
愛知医科大学大学院医学研究科 緩和・支持医療学 客員教授

前田 圭介先生

疾病の治療とともに生活支援や食べる支援を含めた全人的な視点で高齢者の診療にあたる、老年栄養学分野の草分け的存在。専門は老年栄養、低栄養、サルコペニア、フレイル、摂食嚥下障害など。日本老年医学会高齢者栄養療法認定医、日本リハビリテーション栄養学会理事、日本摂食嚥下リハビリテーション学会評議員、日本病態栄養学会指導医ほか。医学博士。

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こぼれ話

タンパク質を摂るならいつが効果的?

筋肉量を増やすには、栄養とともに運動によるアプローチが大切です。筋タンパク質の合成にはレジスタンス運動(筋トレ)がよいことは間違いなく、適度な筋トレは筋タンパク質の合成速度を高める働きをします。
タンパク質を摂るタイミングについては、アスリートやボディビルダーなど非サルコペニアな人を対象に行った研究では、運動後30 分以内のタンパク質摂取が筋量増加に効果的なことなどがいくつか示されています。ただ、高齢者(特に低栄養かつサルコペニアな人)にとって効率はあまり重要ではなく、最も大事なのは「1日の中でタンパク質を摂取する」ということ。エビデンスをもって効率がよい摂り方をしないと意味がない、といった思考にならないようにしましょう。
また、高齢者がタンパク質を摂るなら肉より魚が良いというのも思い違いです。魚にはDHA を含有するなど優れた面もありますが、特に鶏肉には筋肉との関連の深い「分岐鎖アミノ酸」(BCAA;バリン、ロイシン、イソロイシンの3 つの必須アミノ酸)が多く含まれます。調理時に酢やパイナップルなどを使うほか、最近は肉を軟らかくする手軽な調味料なども販売されているので、食べやすく工夫してさまざまな食品から良質なタンパク質を毎日摂るよう心がけましょう。

高齢者は緑黄色野菜を多めに食べるべき?

野菜を食べる重要な目的の一つのは食物繊維を摂ること。少なくとも高齢者は排便の問題を抱えやすくなるので、カロテンを多く含む緑黄色野菜に限らず、積極的に野菜全般を食べるようにしましょう。
食物繊維とは人間が消化できない炭水化物で、水に溶けない不溶性食物繊維と水に溶ける水溶性食物繊維の2種類があります。
セルロース(植物の細胞壁の主成分)に代表される不溶性食物繊維には水分を吸収し、腸を刺激して排便を促す整腸作用が期待でき、もう一方の水溶性食物繊維には血糖の上昇を抑え、コレステロール値を下げる働きがあることがわかっています。両方の食物繊維を摂れる食品はいろいろとありますが、日常的に買い求めやすく保存がきき、量もたくさん食べられるという点でゴボウとタマネギは特におすすめです。
バランス良く水溶性食物繊維を摂るのはとても大事なことで、水溶性食物繊維は腸内細菌が分解して、発酵させてプロピオン酸、酪酸、酢酸などの短鎖脂肪酸をつくります。この短鎖脂肪酸は腸の粘膜細胞のエネルギー源となり腸自体を栄養する、つまり腸の機能を正常化します。慢性的に下痢を繰り返す人、逆に慢性的に便秘が続く人に効果的なほか、経腸栄養剤の投与時に起こりやすい下痢の回数を減らす、予防するというエビデンスもあります。
水溶性食物繊維を多く含む食品には海藻類やいも類などがありますが、キムチのような酸っぱくなる発酵の仕方をする発酵食品を摂るのもおすすめです。

食欲不振を改善する薬はないの?

食欲は消化管ホルモンが脳に働きかけることで、抑制されたり促進されたりしています。そのうちの一つ、胃などで産生されるグレリンは、視床下部に作用して成長ホルモンの分泌や食欲を促進するホルモン。2021 年1月には、グレリン様の作用を持った合成物「アナモレリン塩酸塩」(商品名:エドルミズ®)ががん悪液質(筋組織の減少を特徴とする代謝異常症候群)の治療薬として初めて承認され、同年4月に薬価収載されました。がん悪液質の典型的な症状である食欲不振や体重減少を改善する本剤は、栄養摂取不足や低栄養、筋肉量の減少などにつながる悪循環を打破する薬として注目されています。
食欲のない高齢者が食事の摂取量を増やすことは実はとても難しく、対応策としては食環境を好ましい状態(孤食を避けるなど)にする、決まった時間に食事をすることで日内リズムをしっかりとつくるといった食行動への介入が大半です。現時点でアナモレリンの適応は一部のがん(非小細胞肺がん、胃がん、すい臓がん、大腸がん)に限られていますが、今後より安全性が確保されれば適応が徐々に拡大したり、将来的には同じような作用機序のサプリメントがつくられたりするかもしれません。

歯科衛生士に知ってほしい!高齢者の栄養のこと Vol.1
高齢者と栄養
歯科衛生士に知ってほしい!高齢者の栄養のこと Vol.2
タンパク質とビタミンD
歯科衛生士に知ってほしい!高齢者の栄養のこと Vol.3
オーラルフレイル
歯科衛生士に知ってほしい!高齢者の栄養のこと Vol.4
摂食嚥下障害
歯科衛生士に知ってほしい!高齢者の栄養のこと
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