高齢者と栄養 歯科衛生士に知ってほしい!高齢者の栄養のことvol.1

食と健康との関わりが一層注目される中、来院した高齢患者さんの栄養状態がふと気になったことはありませんか?
口の健康を担う歯科衛生士だからこそ「食べること」を通じて全身の健康維持に関与できることも多いはず。
そこで「ナース専科」が高齢者に特化した栄養についてまとめます!
第1回は高齢者の栄養に関する基本的な考え方について解説します。

国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター 老年内科 医長 愛知医科大学大学院医学研究科 緩和・支持医療学 客員教授 前田 圭介先生

解説してくれる医師

国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター 老年内科 医長
愛知医科大学大学院医学研究科 緩和・支持医療学 客員教授

前田 圭介先生

疾病の治療とともに生活支援や食べる支援を含めた全人的な視点で高齢者の診療にあたる、老年栄養学分野の草分け的存在。専門は老年栄養、低栄養、サルコペニア、フレイル、摂食嚥下障害など。日本老年医学会高齢者栄養療法認定医、日本リハビリテーション栄養学会理事、日本摂食嚥下リハビリテーション学会評議員、日本病態栄養学会指導医ほか。医学博士。

ABOUT

はじめに〜高齢者に必要な「栄養」って何?

高齢者こそしっかり食べよう!

普段、私たちは高血圧、糖尿病、脂質異常症、心臓病、脳卒中などの生活習慣病を予防するために、減塩、低脂肪、低糖質といったいわゆる「制限」重視の食事を心がけ、一般にそれを身体に良い食事としています。でも、そうした食事が必要なのは高齢者(65 歳以上)になる前の人たち。高齢者にとって必要な食事とは「老化現象以上に身体の機能を落とさないような食事」、つまりフレイルを止めたり改善したりする食事をいいます。

大事なのはタンパク質とエネルギーをしっかりと摂取するということ(腎臓病で厳密に食事療法をしている場合を除く)。ところが、高齢になると活動量の低下や病気・治療の影響のほか、加齢によるさまざまな要因が重なり食欲不振という現象が起きてきます。

家族が認知症になったら

感覚器の老化とすり込みが食欲不振の要因に

病的なもの以外の食欲不振には大きく2つの要因があります。一つは感覚機能の低下です。感覚器は50 代から徐々に機能が落ち始め、高齢者になると味覚・嗅覚が顕著に低下します。それによって閾値が上がり、おいしいと感じにくくなるのです。どの味覚の閾値が上がりやすいか一貫した研究結果は出ていませんが、塩味(えんみ)はわかりやすく気づく人も多くいます。家族に塩辛いと指摘されても自覚できないというのも加齢の症状です。

もう一つは文化的なすり込みです。高齢者は腹八分目くらいでちょうどいい、脂っこいものや味の濃いものは避ける、肉より魚、など科学的な裏づけのないすり込みで、本当はもっと食べたいのに食事量が制限されていることがあります。

SYMPTOMS

高齢者が陥りやすい「低栄養」とは?

見た目ではわかりにくい低栄養に注意

高齢者の栄養状態において一番の問題は「低栄養」に陥ることです。低栄養とは身体が必要とする栄養量が摂れていない状態(栄養障害)をいいます。低栄養には、病気に関連した低栄養と栄養摂取不足で引き起こされる低栄養があり、前者では基礎疾患のコントロールと低栄養の立て直しを、後者なら栄養摂取量を増やすことが必要です。

ただし、低栄養は見た目にはわからないことが多く、痩せ以外はほとんど症状がありません。最も重要なのは体重の変化ですが、体重が減っていなくても低栄養と診断される人もいます。多くの病気が1つのマーカーや1つの所見で診断できるのとは違い、多面的評価で総合的に判断するというのが低栄養の見方の基本です。

見た目ではわかりにくい低栄養に注意

低栄養になる要因

低栄養になる要因には、先述した食欲不振以外にも、義歯や咀嚼力低下などの口腔状態、嚥下障害、認知機能の低下などさまざまなことが関係しています。一部には消化管の消化・吸収能力の変化もその一因に挙げられることがありますが、消化・吸収に関しては加齢の影響を全く受けないというのが定説です。また、日常的に食事ができている人は栄養障害を引き起こすほどビタミンやミネラルが欠乏することはないので、そうした栄養素の摂取不足を気にしすぎる必要はないでしょう。

栄養状態の評価指標

栄養状態の評価にはMNA®-SF(65歳以上の高齢者向き)やMUST(成人全般に有用)などのツールが用いられます。体重については、MNA®-SFでは過去3カ月、MUSTでは過去6カ月の変化を聴取します。この2つはとても臨床的なツールで、米国・欧州・アジア・南米の4つの国際栄養関連学会が集まって作成した世界基準の低栄養診断(GLIM基準)でも第一段階のスクリーニングとして使用されます。

なお、よく診断の目安とされている血液検査のアルブミン値は、炎症によって引き起こされる低栄養以外は関連性がありません。誤解が多いため米国静脈経腸栄養学会が繰り返し論文を発表していますが、アルブミン値は低栄養の絶対的マーカーではないことは覚えておきましょう。

低栄養になる要因
PREVENTION

低栄養になるとどんな影響があるの?

そもそも低栄養はなぜいけない?

低栄養は寿命が縮まっているサインです。少なくとも低栄養と診断された時点で多くの代謝機能に異常をきたし、低栄養でない人たちと比べて明らかに生命予後が短くなります。これには低栄養を呈した人たちがもともと持っている基礎疾患が関係していることも考えられます。

低栄養は病気のリスクを高める?

低栄養によって心血管系疾患や認知症のリスクが高くなるといわれていますが、現在のところ、そうしたエビデンスはありません。心血管系疾患でいえばLDLコレステロールや代謝物のマーカーなどの数値の異常を関連づけて低栄養といっている可能性があります。また、認知症に関しても因果関係が逆で、多くは認知機能が低下することで食事がうまく取れずに低栄養になります。おそらくは栄養という曖昧な言葉の使い方が混乱を招いているのでしょう。

一方で、低栄養によって高まるのが感染症のリスクです。フレイルやサルコペニアになりやすくなることもよく知られています。低栄養と病気のリスクについては原因と結果の順番を整理し直すことが必要なようです。

GLOSSARY

用語解説

フレイル*とサルコペニア**

フレイルとは、身体が加齢によって衰えて虚弱になっている状態を指します。健常な状態から要介護に至るまでの中間という概念で、関わり方によっては元の健常な状態に戻るため、治療的な介入効果が期待できます。

一方のサルコペニアは、老化による筋肉量の減少をいいます。フレイルが概念なのに対して、サルコペニアは臓器別の疾患でいうところの筋肉の病気であり、サルコペニアが進行していくことでフレイル化します。つまり、フレイルの原因の一つがサルコペニアということ。サルコペニアの原因には加齢、低活動、栄養不足、さまざまな病気などがあります。

栄養面でみると、栄養不足はサルコペニアの原因の一つ(低栄養が原因ではない)で、サルコペニアの人には低栄養が多い(結果として栄養不足になるのではない)という関係にあります。こうした絡み合った関係性から、フレイルやサルコペニアが高齢者の栄養の問題のキーワードとして注目されているのです。

サルコペニアの診断基準
簡易フレイル・インデックス
TOPICS

老年栄養をより理解するための
TOPICS&追加情報

食事のバランスは食べ方の工夫で考えよう

食事は朝食・昼食をしっかり食べたほうが1日の栄養摂取量が増えるということがわかっています。朝食で栄養素を補充すると、同じものを夜食べたときよりもエネルギー産生量が増え、食事によるエネルギー代謝(食事誘発性熱産生)も増大します。すると食欲も増し、全体の食事量が改善します。また、朝・昼・晩の栄養素の摂取バランスは、3:3:4にするなど極力似たようなバランスにすることが重要です。高齢者にとってのバランスの良い食事とは、栄養素のバランスよりも食事量のバランスが大事なのです。

タンパク質は朝から摂ろう!

朝食・昼食では特にタンパク質を積極的に摂りましょう。朝食ならご飯と味噌汁に卵や、牛乳などの乳製品、納豆などの豆料理をプラスするのがおすすめです。これは朝・昼・晩でタンパク質の摂取量をある程度一定にすることが目的。血中のアミノ酸濃度があまり変動しないほうが、タンパク合成能は高くなることが知られているからです。
この方法は栄養サポートの最初の一歩で、食事の強化(food fortification)というアプローチ法の一つ。日本ではあまり普及していませんが、海外では次の段階としてONS(経口栄養補助食品)による栄養摂取が栄養サポートのスタンダードとなっています。

病気による食事制限も切り替えを

病気によって食事制限をしている高齢者も栄養摂取量を落とさない食事に切り替えが必要な場合があります。糖尿病や腎臓系の学会は年齢に応じて血糖コントロール目標や食事制限を緩和し、フレイルやサルコペニアの高齢者に関してはその限りではないと提言しています。これには、例えばサルコペニアが進行した状態の慢性腎臓病の人が型通りのタンパク質摂取制限をすることで、容易に要介護状態に近づくリスクを減らす意義があります。ただ、ここにも「すり込み」による障壁が。一度すりこまれた食事指導はなかなか上書きしづらいという問題があるのです。

地域在住高齢者のケアこそ歯科衛生士に

比較的元気な地域在住高齢者に栄養不足の問題があるとすれば、それは口腔機能に原因がある可能性大。口腔機能が低下していればフレイルやサルコペニアに対するタンパク質・エネルギー摂取に支障が出ます。特にタンパク質摂取で肉を食べるときには、咀嚼力が食べる量に直接影響します。咀嚼、口腔機能に特化した評価は歯科衛生士の領域であり、その役割は非常に重要です。ぜひフレイルやサルコペニアの知識を身につけ、口腔機能の向上の重要性をあらためて考えてみてください。

また、肉を柔らかくする調理法などを知っておくことも大切です。どのタンパク質を摂るのが一番良いかといえば鶏肉なのですが、鶏肉は高齢者には噛みにくい食品です。食べやすい調理法をアドバイスできると患者さんも取り入れやすくなります。

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