タンパク質と
ビタミンD
歯科衛生士に知ってほしい!高齢者の栄養のことvol.2

来院する高齢患者さんの中には、歯や口腔の問題から食事量が低下している人や、
病気の予防・治療のために食塩、タンパク質、カロリーなどを制限することで、
食事から十分なエネルギーと栄養が摂れていないという人も多くいます。
第2回は、高齢者が筋肉量や身体機能を維持するうえで欠かすことのできない2つの栄養素を中心に解説します。

国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター 老年内科 医長 愛知医科大学大学院医学研究科 緩和・支持医療学 客員教授 前田 圭介先生

解説してくれる医師

国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター 老年内科 医長
愛知医科大学大学院医学研究科 緩和・支持医療学 客員教授

前田 圭介先生

疾病の治療とともに生活支援や食べる支援を含めた全人的な視点で高齢者の診療にあたる、老年栄養学分野の草分け的存在。専門は老年栄養、低栄養、サルコペニア、フレイル、摂食嚥下障害など。日本老年医学会高齢者栄養療法認定医、日本リハビリテーション栄養学会理事、日本摂食嚥下リハビリテーション学会評議員、日本病態栄養学会指導医ほか。医学博士。

ABOUT

高齢者が積極的に摂るべき栄養素とは?

フレイルやサルコペニアの予防・改善には栄養が必要

健康を保つためには、さまざまな食品群の食品・食材を満遍なく食べることが大切です。しかし、高齢になると病気や加齢による食欲不振から食事量が減ったり、偏った食事になったりすることで、実は必要なエネルギーや栄養素を十分に摂れていないことが少なくありません。栄養不足は筋肉量が減少するサルコペニアの原因にもなり、サルコペニアによって基礎代謝量が低下し、エネルギー消費量が減れば、食欲や食事量も低下して低栄養となり、さらに活動度が落ちるという悪循環(フレイル・サイクル)へとつながります。要介護状態になるリスクを減らすためには栄養が必須なのです。

タンパク質とビタミンDをしっかり摂ろう!

特に高齢者に摂ってほしいのが、タンパク質とビタミンD、そして油(脂肪酸)です。タンパク質は筋肉や臓器などを構成する主要な成分で、生体機能を調節する酵素やホルモン、抗体をつくる役割も担っています。ビタミンDは骨の健康に不可欠なだけでなく、さまざまな細胞の代謝にも関与する栄養素です。油には高齢者に最も大事なエネルギーを補うほか、健康に良い機能を併せ持つものがあることがわかっています。フレイル予防にこれらを意識的に摂るよう心がけましょう。
なお、フレイルの人は亜鉛などのミネラルやビタミン類の血中濃度が基準値を下回ることがよくあります。これは単に栄養摂取不足を反映するものであって、上記のように「補充することに価値がある」ということとは意味が違います。欠乏症状がある場合は別ですが、その他の栄養素については単独で摂取をすすめるだけの十分な科学的根拠は今のところ得られていません。

PREVENTION

タンパク質はどう摂ればいい?

推奨される摂取量はどのくらい?

フレイルやサルコペニアの予防・改善には、筋肉量、筋力、身体機能と強く関連するタンパク質を十分に摂取することが重要です。高齢者(65歳以上)のタンパク質の推奨量は体形や身体活動量にかかわらず、男性は1日に60g、女性は50gを下限*1としています。言い換えれば、1日に体重1kgあたり1.0〜1.25g以上のタンパク質を摂取する必要があるということ。一見簡単なようですが、今元気な地域在住高齢者でさえ、多くは1g/kg体重/日も摂れていないのが現状です。
では、タンパク質は食材にどのくらい含まれているのかというと、肉類の場合、鶏ささみ(若どり・生)100gで23.9g、和牛ヒレ(生)100gで19.1g*2。調理方法などにもよりますが、50g以上のタンパク質を摂るには軽く250g程度の肉を食べなければならない計算になります。
*1 厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2020年版)」に準拠
*2 文部化学省「日本食品基準成分表2020年版(八訂)」に準拠

文部科学省:日本食品標準成分表2020年版(八訂).を参考に作成
食品成分データベース https://fooddb.mext.go.jp(2021年4月25日閲覧)


タンパク質の合成にはエネルギーが必要

私たちは食事で摂取したタンパク質をいったんアミノ酸に分解し、それを吸収して自分の身体に必要なタンパク質を合成しています。そして、その過程では非常に多くのエネルギーが消費されます。ということは、タンパク質だけを一生懸命摂ればよいわけではなく、それに見合うだけのエネルギーを摂取しなければタンパク質は合成できないのです。
高齢者に必要な摂取カロリーは、年齢や性別、身体活動量によって異なりますが、低栄養の人なら体重を維持できる最低量ではなく、体重が増えるくらいの量が必要です。目標とするBMI(単位:kg/m2)の範囲も65歳以上では21.5〜24.9と高めになり、死亡リスクを見ても男性の場合BMI26くらいが最も低いことがわかっています。基準範囲以下の人は筋肉量を増やして体重を増やす。それが健康の秘訣といえそうです。
* 厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2020年版)」に準拠

アミノ酸スコアを活用してみよう

身体をつくるタンパク質は20種類のアミノ酸から構成されています。そのうち11種類は体内で合成できるのですが、残りの9種類(必須アミノ酸)は毎日の食事から摂らなければなりません。さらに大事なのは、9種類それぞれの必要量をバランスよく摂取するということ。必要量を満たしていないものが1つでもあれば、それに合わせたタンパク質しか合成できないからです。そこで、食品に必須アミノ酸がどれくらい満たされているかをわかりやすく示したのがアミノ酸スコアです。タンパク質を含む食品の中でもアミノ酸スコアが高い食品を選ぶことで、効率よく必須アミノ酸を摂取することができます。
※ ロイシン、イソロイシン、トレオニン(スレオニン)、リシン(リジン)、メチオニン、フェニルアラニン、トリプトファン、ヒスチジン、バリンの9種類

文部科学省:日本食品標準成分表2020年版(八訂).を参考に作成
食品成分データベース https://fooddb.mext.go.jp(2021年4月25日閲覧)

PREVENTION

ビタミンDはどう摂ればいい?

摂取量の目安はどのくらい?

ビタミンDの1日の摂取目安量は8.5μg。脂溶性ビタミンは体内に蓄積されやすいため100μgを上限としていますが、日常の食事で摂りすぎる心配はほとんどありません。食事で十分に摂取できない場合にはサプリメントなどで補うとよいでしょう。
ビタミンDはカルシウムの吸収を調節したり、骨の代謝を活発化したりする働きがあるほか、筋力や身体機能にも関連していて、不足すると転倒や骨折のリスクが高まります。フレイルやサルコペニア、骨粗鬆症の人は、健常な人と比べてビタミンDの血中濃度が著しく少ないことが知られており、最近では骨粗鬆症(オステオポローシス)とサルコペニアが併存したオステオサルコペニアという概念も注視されています。
* 厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2020年版)」に準拠

魚に多いビタミンD

ビタミンDが多く含まれている食品には魚介類(ビタミンD)、きのこ類(ビタミンD)などがあります。100gあたりの含有量は、べにざけ(焼き)で38.0μg、うなぎ(かば焼き)で19.0μg、干ししいたけで17.0μg。卵や乳製品にも少なからず入っており、牛乳ならコップ1杯200gとして0.6μg摂取することができます。
ビタミンDは日光(紫外線)を浴びることで皮膚でも生成されるので、高齢者に活動度を高める動機づけとして外出を促すことはとても有効です。
* 文部科学省「日本食品標準成分表2020年版(八訂)」に準拠

文部科学省:日本食品標準成分表2020年版(八訂).を参考に作成
食品成分データベース https://fooddb.mext.go.jp(2021年4月25日閲覧)

POINT

ポイント解説

油の種類と機能の話

油は主成分である脂肪酸の組成によって性質が変わります。n-3(オメガ3)系脂肪酸、n-6(オメガ6)系脂肪酸、n-9(オメガ9)系脂肪酸は機能性を持った脂肪酸で、このうちn-3系とn-6系は食事から摂らなければならない必須脂肪酸。それぞれ違う働きをするn-3系とn-6系は摂取するバランスが重要で、1:4の比率が望ましいとされています。
油をうまく摂るコツとしては、n-3系のα-リノレン酸は熱や光、空気で酸化しやすく、高温での調理には向かないため、サラダなどにかけて食べるのがおすすめです。DHAやEPAはサプリメントで補うのもよいでしょう。逆にn-9系は抗酸化成分が多く酸化しにくいので、加熱調理にも向いています。n-6系のリノール酸は加工食品などにも含まれており、気づかないうちに過剰摂取にならないよう注意が必要です。
高齢者の食事ではまずエネルギー確保が大前提です。脂っこいものが苦手という人は、比較的胃もたれしにくいMCTオイル(中鎖脂肪酸)などを使って油を摂取するようにしましょう。

TOPICS

老年栄養をより理解するための
TOPICS&追加情報

あんパンと牛乳の組み合わせは最強の間食!

食欲や口腔機能の低下などによって1回の食事量が減ってきたという人は、間食の回数を増やして1日のエネルギー摂取量を補うようにしましょう。間食には、エネルギーとタンパク質を摂取できる乳製品、卵、豆類がおすすめ。油を多く含みエネルギーの確保ができるクッキーやチョコレート、パンも適しています。
例えば、普段のおやつを「煎餅とお茶」から「あんパンと牛乳」の組み合わせにするだけでも栄養価はかなり変わります。牛乳は脂質が多くカロリーが高いうえにタンパク質やビタミンDが摂れ、水分補給にもなります。あんの原料である小豆にはタンパク質が豊富に含まれています。
間食によって血中のアミノ酸濃度の変動が抑えられる(食事と食事の間にアミノ酸濃度が下がらない)とタンパク質合成能も高くなるので、この組み合わせのおやつは高齢者にとって最強といえるのです。

地中海食で健康増進を

近年、n-3系とn-9系の油を上手に摂れる地中海食が注目されています。地中海食はイタリア、ギリシャ、スペインなどの地中海沿岸の国の人が食べている伝統的な料理のことで、肥満を予防・改善するダイエット関連のワードとして目にすることも多くなりました。地中海食の定義は広く、特徴としては加工度を最小限にとどめ、その地域でとれた旬の新鮮な食材を使った料理であること。魚介類やオリーブオイル、ナッツ類などを多用し、赤身肉の使用と加糖(菓子)を減らして、植物性食品が豊富に摂れるような食事パターンになっています。

地中海食は死亡率の低下や、心血管疾患、がん、アルツハイマー病などの発生率の低下との関連が多数報告されています。複雑な調理手順がなく、入手の難しい食材や特別な調理器具も必要としないので、日常の食事に気軽に取り入れてみてはどうでしょうか。

高齢者も運動で筋肉量を増やそう

フレイルやサルコペニアは筋肉が減っていく、または筋肉のパフォーマンスが落ちている病態。その予防・改善にはタンパク質摂取と合わせて「運動」が重要です。運動には大きく分けて、散歩などの有酸素運動、筋肉に負荷をかける動作を繰り返し行うレジスタンス運動(筋トレ)、ストレッチング・体操がありますが、高齢者には難しいと思われがちな筋トレも、階段昇降や椅子立ち上がりなど工夫の仕方によっては十分実施が可能です。
中でもおすすめは、腰を落とした四股(しこ)の姿勢。下半身(大腿部・臀部)の大きい筋肉と体幹のバランスを鍛えることができて転倒予防につながります。運動習慣は生活習慣病にも効果的です。

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