摂食嚥下障害 歯科衛生士に知ってほしい!高齢者の栄養のことvol.4

年齢を問わず、食事を安全においしく食べることは人としての基本的な欲求であり、生きる喜びを満たし生活を豊かにします。
しかし、高齢になると、加齢に伴う口腔と摂食嚥下の機能の変化や疾患などが組み合わさって、
次第に食べる機能自体が障害されていくリスクが高まります。
第4回は低栄養との関連も深い摂食嚥下障害について取り上げます。

国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター 老年内科 医長 愛知医科大学大学院医学研究科 緩和・支持医療学 客員教授 前田 圭介先生

解説してくれる医師

国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター 老年内科 医長
愛知医科大学大学院医学研究科 緩和・支持医療学 客員教授

前田 圭介先生

疾病の治療とともに生活支援や食べる支援を含めた全人的な視点で高齢者の診療にあたる、老年栄養学分野の草分け的存在。専門は老年栄養、低栄養、サルコペニア、フレイル、摂食嚥下障害など。日本老年医学会高齢者栄養療法認定医、日本リハビリテーション栄養学会理事、日本摂食嚥下リハビリテーション学会評議員、日本病態栄養学会指導医ほか。医学博士。

ABOUT

口腔機能低下症と摂食嚥下障害

どこからが摂食嚥下障害?!

私たちが普段何気なく行っている「食べる」ことは、「話す」「呼吸する」といった全く別の動作とのバランスをとりながら一連のプロセスをたどる「嚥下」というメカニズムによって成り立っています。健康な高齢者の嚥下は本質的に障害されているわけではありませんが、加齢による嚥下機能の変化(老嚥)は起こっており、それに付随して病気や栄養不足、中枢神経系の薬などのストレス要因が加わると、容易に摂食嚥下障害へと移行することがあります。
オーラルフレイルの概念(Vol.3参照)では、摂食嚥下障害は「口の機能低下」の次の段階「食べる機能の障害」にあたります。今のところ摂食嚥下障害について明確な定義はなく、また何を境に口腔機能低下症が摂食嚥下障害へ移行したと判断するか基準もまちまちですが、食事の形態に特別な配慮(調理の工夫)が必要かどうかで考えるとわかりやすくなります。

摂食嚥下障害の主な原因は3つ

摂食嚥下障害の原因には大きく分けて、①脳卒中、筋萎縮性側索硬化症(ALS)や パーキンソン病などの神経難病、アルツハイマー型認知症などの中枢神経障害、②頭頸部がんや頸椎の骨増殖症(骨棘形成:こっきょくけいせい)など咽喉頭の形態が変化してしまう病気、③サルコペニアの摂食嚥下障害があります。サルコペニアの摂食嚥下障害は近年注目されている新しい原因の摂食嚥下障害で、嚥下関連筋の筋肉量減少と筋力低下によって引き起こされるものをいいます。
摂食嚥下障害は単一の病気ではなく原疾患によって現れる症候群(症状)です。初期にみられる典型的な症状には、むせ、飲み込みづらい、飲み込むことが苦痛と感じるなどがありますが、その後の経過は背景にある原因によって変わります。例えば、サルコペニアの摂食嚥下障害であればサルコペニア対策を講じたかどうかで、進行することも現状維持または改善することもあります。

SYMPTOMS

摂食嚥下障害はどんな障害?

摂食嚥下の5つの段階

摂食嚥下は食べ物を認識して口に運び、口腔内で飲み込みやすい形(食塊)にして、咽頭や食道を経て胃へ送り込むという運動を指します。このプロセスは先行期、準備期、口腔期、咽頭期、食道期の「摂食嚥下の5期」に分けて考えることができ、5つの段階のうちのどこかで障害レベルの問題を抱えているのが摂食嚥下障害です。言い換えれば、摂食嚥下障害とひとくくりにされてはいますが、認知症で食物認知がうまくいかない人たちと、「ごっくん」と食道に送り込めない脳卒中の人たちは、障害される段階が全く違うということ。そのため摂食嚥下障害は原因がどこにあるのかを考えることが重要になります。

摂食嚥下障害で生じる問題

摂食嚥下障害で最初に懸念される健康上の問題は窒息です。肺炎(誤嚥性肺炎)、低栄養のリスクも高まり、さらに食べる楽しみ、飲み込む喜びを失うという心理的な問題も生じ、生活の質(QOL)が低下します。
反対に、低栄養の人やサルコペニアの人は摂食嚥下障害を起こしやすいことがわかっています。低栄養やサルコペニアは要介護にもつながり、実際、アメリカのナーシングホーム(医療・介護施設)では入所高齢者の約4割に摂食嚥下障害が疑われるとしています。正確な調査はありませんが、おそらく日本の要介護高齢者の有病率も同程度と考えてよいでしょう。また、口腔衛生や口腔機能への関心が低い人も、口腔機能低下症から次の段階に進みやすいので要注意です。
生死に直結する摂食嚥下運動の筋機能は、実は身体のほかの筋機能よりも機能的な余力があり、後期高齢者の中には摂食嚥下に問題のない人も多くいます。早期から口の健康に介入し栄養不足を防ぐことで、サルコペニアの摂食嚥下障害は予防できる可能性が高くなります。

老嚥とサルコペニアの摂食嚥下障害

摂食嚥下障害は従来、嚥下関連筋をコントロールする中枢神経が障害される脳卒中などに起因して、通常の形態の食事を食べることが困難になる病気という見方をされてきました。そこに10年ほど前から新たな原因として研究が進められてきたのが「サルコペニアの摂食嚥下障害」です。サルコペニアの摂食嚥下障害とは、全身と嚥下関連筋の両方にサルコペニアを認めることで生じる摂食嚥下障害で、全身のサルコペニアと診断された人がすべて発症するかというとそうではありません。
一方で、高齢者には「老嚥」と呼ばれる加齢による嚥下機能の低下も起こってきます。老嚥は口腔乾燥、咀嚼筋力低下、反射機能の低下といった生理的変化で、摂食嚥下機能に障害はありませんが、健常者に比べて食べ物が飲み込みづらく誤嚥のリスクが高い状態と捉えることができます。

※多剤併用によって薬物有害事象を起こすこと。
文献2)を参考に作成

PREVENTION

摂食嚥下障害はどう診断・治療する?

診断方法に決まりはない?!

摂食嚥下障害は、例えば血液検査の数値をもってここからが障害と診断できるものではなく、また、飲み込むところを直接外から観察することもできません。そこで、質問紙による摂食嚥下障害のスクリーニング(EAT-10など)、咀嚼機能や嚥下機能のスクリーニング検査、X線による嚥下造影検査、嚥下内視鏡検査、食事場面の観察などから評価して総合的に判断します。つまり診断方法に決まりがないことがポイント。
食形態や飲み物のテクスチャーを調整しないといけない状況の人は、その時点で摂食嚥下障害といえます。 

摂食嚥下リハビリテーションとは

摂食嚥下リハビリテーションはどう安全に食べるかを訓練する治療法です。機能回復を目的に嚥下関連筋の筋トレと、摂食嚥下運動を反復する促通訓練(感覚刺激訓練)を行いますが、そのほとんどは脳卒中の摂食嚥下障害で研究され実績を出しているものです。
こうした訓練は脳の可塑性が期待できる人には適している一方、そもそも指示が入らないような人(例えば認知機能が低下している人)には難しく、高齢者の場合には代償法が必須です。また、サルコペニアの摂食嚥下障害の人には栄養強化と全身の活動が大切で、全身のサルコペニアに対するアプローチが鍵になります。

※脳の損傷によってある領域の機能が失われたときに、損傷していない脳神経がカバーして機能を代替すること。

GLOSSARY

用語解説

代償法

代償法は、誤嚥や窒息のリスクを最小限にするために行う工夫で、飲み込むときの姿勢調整、食形態の調整、食事のスピード・一口量の指導などがあります。代償法で機能回復はできませんが、今ある摂食嚥下機能を活用して、別の方法で補いながらより安全に食塊や水分が通過できる状態をつくります。
嚥下機能レベルや症状によって組み合わせが必要ですが、ここでは基礎的なポイントについて簡単に触れておきましょう。

●姿勢調整

嚥下を安全に行うには身体を垂直に立てた姿勢での食事が基本です。その姿勢で顎を軽く引くことで、口腔内の食べ物や水分が咽頭や気道に急激に流れ込んだり、鼻へ逆流したりするのを防ぎます。食道へ送り込む機能がかなり障害されている人などでは、咽頭の背中側(食道)に食べ物が流入しやすくなるようにリクライニング位(30度)とします。

●食形態の調整

咀嚼しにくいものや、咀嚼しても口の中でまとまらずバラバラになりやすいもの、付着性のあるものは誤嚥しやすので、食べやすい食形態に調整します。むせやすい水やお茶などの液体は増粘剤を使ってとろみをつけます。

●食事のスピード・一口量の指導

食事はゆっくりと時間をかけて取り、飲み込むことに集中します。一口量が多いと誤嚥しやすくなるので、小さめのさじを使うなど一口量を制限して少量ずつ口に入れるようにします。食具の工夫は食事中の正しい姿勢保持にも役立ちます。

TOPICS

老年栄養をより理解するためのTOPICS&追加情報

高齢者ほど食べることに喜びを感じている?!

噛むことで脳の血流量が増えて脳が活性化されることはよく知られていますが、高齢者は若い成人と比べて前頭前野がより活発に動くことがわかっています。高齢者は食べ物に関する経験が多いぶん、食べるという行為でさまざまな記憶や感情が呼び起こされるのでしょう。
口から食べることで身体活動を落とさずに、広い意味で生活の質が保たれているのは間違いなく、以前実施した高齢者約1100人を対象にしたインターネットアンケート調査でも、皆さん口から食べることを禁止されたくないと答えています。口から食べる機能の大切さは年齢を重ねるごとに強く実感していくものなのです。

摂食嚥下障害は治る?治らない?

一度発現した摂食嚥下障害は治療によって治癒するのかというと、脳卒中の摂食嚥下障害の大半は、脳神経が機能的に回復することで治っていく一方、神経難病や認知症のように進行する病気の摂食嚥下障害は、治ることなく徐々に悪化していきます。さまざまな要因が関連するサルコペニアの摂食嚥下障害も治癒は難しいでしょう。
ただ、こうした人たちはケアが適切に行えていないことも多く、本来の能力に比べて過剰に障害を評価されている場合があります。このケア不足部分はケアを充実させることで補うことができるため、訓練などを行うことで回復したかのように見えることはあります。摂食嚥下障害は治る・治らないだけでなく、いかに手を入れてその人本来の能力まで戻すかという目線を持つとよいかもしれません。

口腔機能をみる意識を持とう!

オーラルフレイルという考え方が浸透し始めたことで、食べる機能は段階的に衰えていくことをイメージしやすくなりました。でももっと患者さん自身に口腔機能への関心を持ってもらい、問題点を早期に発見できるきっかけをつくれたなら、口腔機能や嚥下機能の「低下」から「摂食嚥下障害」に移行する高齢者を増やさずにすむかもしれません。
そこでぜひ導入を検討してほしいのが、受診時のスクリーニングとアセスメントです。例えば、問診票などを使い口腔機能をスクリーニングし、併せて「EAT-10」にあるような嚥下についての質問を投げかけてみる。歯科衛生士の皆さんには、それをもとに口の健康をアセスメントして、口腔衛生のアドバイスや指導をしたり、必要に応じで歯科医師につなぐ入り口となる役割を担ってもらえれば理想的です。
栄養と摂食嚥下の一番の問題は高齢者が食べられないことに誰も関心がなく、医療者もあまり重大視していないこと。何か特別なことをするのではなく、オーラルフレイルの概念のもと、口腔衛生状態をみるように口腔機能にも目を向けることにとても大事な意味があるのです。

Belafsky,et al:Validity and Reliability of the Eating Assessment Tool (EAT-10).
Annals of Otology Rhinology & Laryngology.2008;117(12):919-24.
EAT-10日本語版は、「栄養なび」のウェブサイトで見ることができます。

EAT-10:嚥下アセスメントツール

Belafsky,et al:Validity and Reliability of the Eating Assessment Tool (EAT-10).
Annals of Otology Rhinology & Laryngology.2008;117(12):919-24.
EAT-10日本語版は、「栄養なび」のウェブサイトで見ることができます。

文献
1)前田圭介:嚥下障害をもつ患者の栄養療法.レジデントノート 2018;20(12):2063-70.
2)前田圭介:サルコペニアの摂食嚥下障害のリスクと発症機序.リハビリテーション栄養 2018;2(1):12-5.

歯科衛生士に知ってほしい!高齢者の栄養のこと Vol.1
高齢者と栄養
歯科衛生士に知ってほしい!高齢者の栄養のこと Vol.2
タンパク質とビタミンD
歯科衛生士に知ってほしい!高齢者の栄養のこと Vol.3
オーラルフレイル
歯科衛生士に知ってほしい!高齢者の栄養のこと Vol.4
摂食嚥下障害
歯科衛生士に知ってほしい!高齢者の栄養のこと
こぼれ話