オーラル
フレイル
歯科衛生士に知ってほしい!高齢者の栄養のことvol.3

これまで第1回・第2回では、高齢者の健康維持に必要な栄養素や、
栄養不足による全身への影響について取り上げ、食事の大切さを述べてきました。
そのキーワードの一つとして、現在、歯科領域では「オーラルフレイル」という
新しい概念についての啓発活動が展開されています。
第3回は、高齢者の栄養状態と強く関連する口腔機能の維持について考えます。

国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター 老年内科 医長 愛知医科大学大学院医学研究科 緩和・支持医療学 客員教授 前田 圭介先生

解説してくれる医師

国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター 老年内科 医長
愛知医科大学大学院医学研究科 緩和・支持医療学 客員教授

前田 圭介先生

疾病の治療とともに生活支援や食べる支援を含めた全人的な視点で高齢者の診療にあたる、老年栄養学分野の草分け的存在。専門は老年栄養、低栄養、サルコペニア、フレイル、摂食嚥下障害など。日本老年医学会高齢者栄養療法認定医、日本リハビリテーション栄養学会理事、日本摂食嚥下リハビリテーション学会評議員、日本病態栄養学会指導医ほか。医学博士。

ABOUT

フレイルとオーラルフレイルの関係

オーラルフレイルはフレイル予備軍?!

歯の喪失防止から健康長寿を支える「8020運動」に続く新たなコンセプトとして、「オーラルフレイル」の啓発活動が盛んに進められています。オーラルフレイルは、老化に伴う口のさまざまな機能の衰えが最終的に食べる機能の障害につながるというプロセス全体を示す大きな枠組みで、全身のフレイルやサルコペニアを引き起こす要因として口腔機能の維持・向上の重要性を示した概念です。実際、オーラルフレイルの高齢者は全身のフレイルに移行するリスクが高くなることなどが、これまでの研究でも明らかにされています。

文献1)を参考に作成

適切な対応で機能回復を図ろう

オーラルフレイルは、口の健康に対する関心の低下や、口のささいなトラブルから始まり、次第に食べる機能自体が低下したり食事摂取量が低下していきます。進行すると低栄養や摂食嚥下障害になるリスクが高まるだけでなく、ひいては要介護の原因にもなります。しかし一方で、オーラルフレイルもフレイルと同様に意識的に介入することで、早い段階であれば失われつつある口腔機能を改善することが可能です。悪化して望まない結果につながらないよう、見逃されやすい症状に早めに気づき、対応することが求められています。

日本歯科医師会:歯科診療所における オーラルフレイル対応マニュアル2019年版.より引用、改変
https://www.jda.or.jp/dentist/oral_flail/pdf/manual_sec_01.pdf(2021年8月6日閲覧)

SYMPTOMS

オーラルフレイルはどう評価する?

オーラルフレイルの始まりはさまざま

高齢者ケアは、重症度によって病気の治療法が決まるような1つのシナリオに沿った画一的なものではなく、さまざまな側面を包括的に評価して個別にアプローチするというのが基本です。オーラルフレイルも、自分の歯が少ない、硬い食品が食べづらい、むせやすい、食べこぼす、口が乾く、舌の力が弱い、滑舌が悪くなった、などの口のささいなトラブルから評価していき、それらが積み重なった状態に進むと「口腔機能低下症」としてその人に合った治療が開始されます。

口腔嚥下機能の評価項目は7つ

口腔機能低下の評価項目は「口腔衛生」「口腔乾燥」「咬合力」「舌と口唇運動」「舌圧」「咀嚼機能」「嚥下機能」の7つ。このうち3つに異常があれば口腔機能低下症と診断されます。この7つの機能低下は同時期に現れてもおかしくなく、どれが先に出てどれが後に出るということはありませんが、嚥下機能の問題は舌や口唇の機能が落ちてから出てくることが比較的多くなります。口腔機能低下症の診断は、7つの症状ごとに下表にある検査をもとに行います。

硬めの食品で噛むトレーニングはできる?

噛めない食品が増えて軟らかいものばかりを食べていると、ますます噛む力が低下するという悪循環が生じやすくなります。では、噛む力が落ちている人も頑張って硬いものを食べてトレーニングしたほうがよいのかというと必ずしもそうとは言い切れません。噛める硬さの食品を食べることはとても大事ですが、同時にむせなどの症状があれば窒息の危険性があります。少なくとも噛む訓練は摂食嚥下の専門家の指示のもと行うようにしましょう。
すでに必要なタンパク質やエネルギーが十分に摂れていない状態と判断された場合には、多くはONS(経口栄養補助食品)による栄養サポートなどが行われます。

PREVENTION

患者さんにどうアプローチすればいい?

食習慣は多様性にあふれている

口腔機能の低下のささいなサインは見逃されやすく、高齢患者さん自身も自然な老化現象として捉えている可能性があります。だからこそ、オーラルフレイルというコンセプトを知って病気(口腔機能低下症)になる手前の人たちをフォローすることはとても重要なのです。口腔の運動と、栄養と、全身のフレイル対策について何気ない相談ができる窓口として、歯と口の健康づくりの専門職である歯科衛生士にはぜひ力を発揮してほしい分野といえます。

特に、食に関する習慣は、誰かと比べたり他者に詳しく話をしたりすることがほとんどなく、皆さんが思っている以上に多種多様です。例えば、朝は食欲がないから食べない、昼食は毎日麺類、何日も同じメニューを続けがち、などもその一つ。偏った食習慣には「当然」「みんなもそうしている」という思い込みとともに、食品摂取の多様性の低下や口腔機能の衰えなどが原因であることも考えられます。食に関する聞き取りは、実は栄養面においてもオーラルフレイルの早期発見においてもとても重要な意味があるのです。

アセスメントしてみよう!

聞き取りのポイントは「食べること」に関して広く周辺情報も聴取すること。偏った食習慣の背景には、家庭環境や交友関係、心理状態、現在治療中の病気などが大きく関係していることがあります。誰と食事をしているか(孤食か)、どのような姿勢で食べているか、誰が作っているのか、偏食はあるかなども含めて聴取すると、栄養摂取の状況がつかみやすくなります。
ささいなことでも気になる症状はないか声かけし、併せて食にまつわるその他のことをアセスメントする。そうすることで必要に応じて口腔機能低下症の診断や栄養指導などに発展させることが可能になります。

機能評価の仕方に基準はあるの?

老年医学では「高齢者総合機能評価(CGA)」による機能評価が世界的に最も高齢者ケアのエビデンスレベルが高いと重要視されています。CGAは、病気だけでなく、生活機能(身体的機能)、精神・心理的機能、社会・経済環境、その他(QOL、栄養等)などからその人が抱える問題を総合的に評価するのが特徴で、好ましくない状態になりつつある高齢者を早期に特定し解決策を見いだすものです。今回の「食べること」に関する聞き取りもこのアプローチ法に則って行うことで、多面的に情報を評価したうえで高齢者一人ひとりの、その時点に合った支援を考えていくことができるのではないかと思います。

PRACTICE

実践解説

口の機能低下を予防・改善しよう

筋トレで身体の筋肉が鍛えられるように、口腔機能の維持・向上には舌や口の周りのトレーニング(嚥下体操、口腔体操)が有効です
まずは準備運動として、嚥下と協調する呼吸のコントロールを改善するために、深呼吸で鼻から吸って口から吐くことを意識し、さらに首のストレッチで首や肩周りの筋肉の緊張をほぐすことから始めましょう。食事をする前の習慣にするのがおすすめです。

TOPICS

むせや食べこぼしを予防しよう!

舌と口の周りのトレーニング例

トレーニングはその人にとって負荷のかかるものを選び、少し疲れるくらいまで行います。
唾液腺マッサージや道具を使って他動的に行うストレッチもおすすめです。

舌のトレーニング

舌は食物を喉に送るだけでなく、食物を飲み込みやすいようにまとめる(食塊形成)などさまざまな働きをしています。舌のトレーニングは咀嚼力アップや誤嚥防止に効果的です。ゆっくりと大きく動かすことを心がけましょう。

頬のトレーニング

頰のトレーニングはしっかりと唇を閉じて行うことで鼻呼吸が意識でき、呼吸コントロールの改善にも役立ちます。準備運動と合わせて、2〜3回繰り返し行うとよいでしょう。

口と唇のトレーニング

唇や口の周りの筋肉を鍛えます。口唇の周りの筋肉(口輪筋)が衰えると食べこぼしが増えたり、口呼吸を誘発したりします。

パタカラ体操

口の周りや舌の筋肉を鍛える「パタカラ体操」は唾液の分泌を促す効果もあります。大事なのは「パッ」「タッ」「カッ」「ラッ」と1音1音はっきりと発音すること。それぞれ8〜10回ずつを目安に数セット行います。

文献
1)一般社団法人日本老年医学会、国立研究開発法院国立長寿医療研究センター;フレイル診療ガイド 2016年版、荒井秀典、編集主幹;ライフサイエンス.2018.
2)一般社団法人日本老年歯科医学会学術委員会:高齢期における口腔機能低下―学会見解論文 2016年度版―. 老年歯学. 2016:31(2);81-99.
https://www.gerodontology.jp/committee/file/paper_20161124.pdf(2021年8月6日閲覧)
3)日本歯科医学会:口腔機能低下症に関する基本的な考え方(平成30年3月).
https://www.jads.jp/basic/pdf/document-180328-02.pdf(2021年8月6日閲覧)
4)前田圭介 監修;サクラムック 5秒のどトレ 飲みこみ力を鍛えて誤嚥性肺炎を防ぐ.笠倉出版社,2021.

歯科衛生士に知ってほしい!高齢者の栄養のこと Vol.1
高齢者と栄養
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タンパク質とビタミンD
歯科衛生士に知ってほしい!高齢者の栄養のこと Vol.3
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こぼれ話