狭心症
心筋梗塞
歯科衛生士に知ってほしい!病気のことvol.5

いつも見ている患者さんの全身状態に目を向けられるように、
看護師向け医療専門メディアのナース専科とタイアップ。
第5回は 『狭心症・心筋梗塞』 について解説します!

東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 循環制御内科学 教授 笹野 哲郎先生

解説してくれる医師

東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 循環制御内科学 教授

笹野 哲郎先生

同大学医学部附属病院・循環器内科にてさまざまな循環器疾患の治療にあたるともに、心房細動の発症予測研究や循環器疾患の新しい検査法・治療法の研究に携わる。専門は不整脈の基礎・臨床研究、電気生理、遺伝子治療など。日本内科学会認定内科医、日本循環器学会循環器専門医、医学博士。

ABOUT

狭心症・心筋梗塞はどんな病気?

狭心症・心筋梗塞は心臓の血管の病気です。心臓には、外側にかぶさるように「冠動脈」という心臓の筋肉(心筋)に血液を送る血管が走っています。この冠動脈の一部が狭くなったり、完全に詰まったりすることで、心筋に供給される酸素が不足してしまった状態が狭心症・心筋梗塞です。こうした血液が十分に行かないことで心機能が障害される病気をまとめて「虚血性心疾患」と呼びます。

狭心症と心筋梗塞の違いは、血管が狭窄しているか、閉塞しているかどうかにあります。

血管の一部が狭くなり、十分な血液が流れてこなくなった状態〈狭窄〉

狭心症

完全に血管が詰まり、その先の心筋が死んでしまった状態〈閉塞〉

心筋梗塞

狭心症、心筋梗塞時の血管の状態

虚血性心疾患の主な原因は、「粥状〈じゅくじょう〉硬化」タイプの動脈硬化。血液中に悪玉コレステロール(LDLコレステロール)などの脂質が増えて、血管の内側にある内皮という細胞の隙間から酸化したLDLコレステロールが入り込むと、それを退治するためにマクロファージ(炎症細胞)が集まり、おかゆのような物質がたまっていきます(その塊をプラークといいます)。これに伴い、血管は徐々に狭くなっていき、血液が流れにくくなるのです。

さらに、粥状硬化で弱くなった内皮細胞は突然破れてしまうこともあります。すると血液中の血小板が急速に固まり、血栓を形成して血管を塞ぎます。こうして引き起こされるのが急性心筋梗塞です。

SYMPTOMS

どういう症状が現れるの?

心臓が頑張って動くには心臓自身にも血液が必要です。その供給が悪くなることで現れる典型的な症状が胸の痛みです。ただし、痛みは心臓のあたりに必ず起こるかというとそうではなく、みぞおちだったり、胸から肩のほうにまで痛みが広がることもあります。息ができないくらいの痛みや、重いものが載っている、押さえつけられているような痛みなら危険なタイプ。そういう症状が30分以上続く場合には直ちに救急車の要請が必要です。逆に、チクっとした痛み、2〜3秒で消えるような痛みは狭心症や心筋梗塞の可能性は低くなります。

息ができなきくらい胸が痛い、胸に重いものが載っているような圧迫感がある、動悸や息切れがする、肩に強い痛みを感じる

一方で、高齢者や糖尿病の人はこうした症状が現れにくいことがあります。特に糖尿病では神経障害の合併症で痛みを感じにくいことがあり、「何か変な感じがする」と受診したら心筋梗塞だったということもあります。また、血管がもろくなっている状態なので病気が重症化することも多くなります。

わずかでも血液の供給がある狭心症の場合は、安静時には症状がなく、身体を動かすと苦しくなり、少し休むと治まるのが典型的な自覚症状です。胸痛の持続時間は数分〜15分以内です。一般的に、血管の狭窄が75%以上になると症状が現れるといわれています。

*就寝中の明け方など、労作に関係なく決まった時間帯やきっかけで起こる異型狭心症もあります。

心筋梗塞は日本人の死因に関係?!

現在、日本で虚血性心疾患と診断されている患者数はおよそ80万人。患者数に大きな推移はみられませんが、日本人の死亡原因をみると心疾患はがんに次ぐ第2位で、2015年頃には年間約20万人が心疾患によって死亡しています。そのうち急性心筋梗塞による死亡は3〜4万人。急性ではないものの心筋梗塞の後に結果的に亡くなった人を合わせると7万人くらいになり、心疾患による死亡のおよそ3分の1は心筋梗塞が占めることになります。

心不全の原因にも虚血性心疾患が大きく関与していることを加味すると、さらに多くの人が心筋梗塞によって命を落としているのです。

内皮細胞って何?!

外傷などから生命を守るために、生体には出血するとすぐに血小板が働いて血を止める機能が備わっています。一方、血管内では血液をサラサラした状態に保てるように、血液が凝固するのを防ぐ物質を出してコントロールしています。それを担っているのが内皮細胞です。

ところが、内皮細胞が破れてしまうと、内皮以外の層や炎症細胞などに直接血液が触れることになり、血管の中なのに血小板が血を固めようと対応します。血液は一度固まり始めるとその反応が増幅する性質があるので、急速に凝血して血管を塞いでいきます。血流で補充され続ける血小板が何層にも重なるように凝固していくイメージです。この反応は非常に早く、個人差はありますが、数分という単位で一気に起こります。急性心筋梗塞は血管が狭窄している箇所に起こすとは限らず、むしろ内皮が損傷しやすい箇所で起きているのです。

PREVENTION

狭心症・心筋梗塞は予防できるの?

血管が狭窄したり閉塞したりするのは、血管の内側にたまったコレステロールなどが原因です。食生活を見直してLDLコレステロール値を下げるとともに、明らかな肥満や運動不足、喫煙習慣があればそれを改善することが大切です。すでに脂質異常症を指摘されている人なら病院で栄養指導を受け、1日に摂取するカロリーや蛋白質、脂質量など具体的な目標を栄養士に相談してもよいでしょう。

ただし、女性で閉経期頃から急にコレステロール値が上がる人を含め、コレステロールが高い人には遺伝的な要因もあります。遺伝的要因が高い人には薬物治療が必要なこともあります。

狭心症や心筋梗塞になりやすい人はこんな人

なお、一度狭心症や心筋梗塞を起こした人は治療した箇所が再び狭窄したり(再狭窄)、他の箇所で狭窄が進行することがあります。それを防ぐには、薬でコレステロール値を厳密にコントロールして動脈硬化を悪化させないことが大切です。また、血小板が凝集して固まるのを抑える薬(アスピリンなど)は、基本的には生涯飲み続けて血栓形成を予防します。

動脈硬化の検査

動脈硬化の進行具合は、首の動脈の超音波検査(頸動脈エコー)で調べることができます。首にエコーを当てるだけで簡便に行える、身体への負担が少ない検査です。

検査では、プラークによって血管の内膜がどれくらい盛り上がっているか、血管の壁が厚みを増しているかをみて、動脈硬化の度合いを評価します。これは、全身の血管で起こる動脈硬化の指標になります。頸動脈の動脈硬化が進行して血管がある程度以上狭窄している場合には、脳梗塞を発症する危険性があります。

どんな治療か

現在、心筋梗塞ではカテーテル治療、狭心症では薬物治療とカテーテル治療が主流になっています。また、複数の箇所が狭窄している場合などには、冠動脈バイパス術と呼ばれる外科的治療(開胸手術)が行われます。

カテーテル治療とは、カテーテルでバルーンと呼ばれる風船を狭窄あるいは閉塞している箇所まで入れて血管を広げ、ステントという金属の筒で補強して血流を確保する方法です。心臓の発作で救急搬送されるような緊急の治療で年間約7万5000件、緊急性のない狭心症の治療で年間約20万件が行われており、現在では急性心筋梗塞でも病院に到達さえすれば死亡率は約5%と、治療成績も格段に向上しています。また、近年はステントの内側に炎症を抑える薬を塗り込んだ「薬剤溶出性ステント」や、表面に薬を塗布したバルーンなどもつくられ、それまでの課題であった再狭窄率の低下に効果を上げています。

TOPICS

歯科衛生士のための心疾患トピックス

口腔ケアと虚血性心疾患

歯周病の人は虚血性心疾患の発症リスクが高くなり、逆に虚血性心疾患や冠動脈の異常がある人は歯周病になりやすいことがわかっています。これは、歯周病原因菌や毒素が炎症を引き起こし、粥状硬化を進める働きがあるため。実際に、血流に乗って冠動脈に入ったPg菌(Porphyromonas gingivalis)が血管内皮のプラークから検出されています。

問題になる歯周病原因菌は歯肉組織の傷から侵入して、全身に運ばれていきます。歯肉に傷ができる最大の理由は歯磨きです。歯磨きの後20〜30分くらいは誰でも菌が入り、一時的に菌血症(血液に菌がいる状態)になるのですが、健康な人はそれらを難なく退治して数十分の間には菌がいなくなるということを繰り返しています。出血するほどの強いブラッシングは、菌の侵入をできるだけ防ぐ意味でもしないほうがよいのです。

発作時の緊急対応のポイント

歯科麻酔で使うエピネフリン(アドレナリン)には、脈拍や血圧を上昇させる作用があります。それが心臓の負担となり、もともと狭心症のある人では胸が苦しくなることも。麻酔時には問診票などで狭心症の既往歴がないかチェックしましょう。発作が起きたとき、ニトログリセリンを処方されている人には、すぐに錠剤を舌下に入れる対応が必要です。薬が溶けると数分以内に効果が現れます。

また、息ができないような胸痛を訴えるときは迷わず救急車を呼びましょう!急性心筋梗塞の場合、発症して6時間以内に血管を再開通できるかが、心筋が壊死するかどうかを分けるからです。救急車を待つ間は動かさずにできるだけ安静を保ちます。

口腔ケアと感染性心内膜炎

心臓の病気には、もう一つ歯科と関連が深いものがあります。心臓の弁や心内膜に細菌が付着して起こる感染性心内膜炎です。感染性心内膜炎になる大きな原因は弁膜症。心臓には上部と下部、かつ左右に分かれた4つの部屋があり、一方通行で流出した血液が逆流しないように各部屋の出口には弁がついているのですが、その弁がうまく閉じない(あるいは開かない)病気を弁膜症といいます。

弁膜症では、例えば弁がうまく閉じなくなると、一部逆流してきた血液がジェットの血流で同じ場所にあたるようになります。すると、その部分の内皮が傷ついて抵抗力が弱くなり、普段ならシャットアウトできる菌が内膜に付着して増殖し、菌の塊(疣贅〈ゆうぜい〉といいます)をつくるのです。こうして生じた心内膜炎は発熱や倦怠感、息切れなどの心不全症状を伴い、その塊が剥がれた場合には脳卒中などを起こす原因にもなります。

そして心内膜炎を発症するきっかけとして多いのが、実は歯科治療。大量の菌が血液に入りやすいため、弁膜症の人にう蝕治療をする場合には、あらかじめ抗生物質を飲んでから行うと予防効果が高くなります。

弁膜症は生活習慣が直結するものではなく、生まれつきの人や、加齢とともに弁が硬くなって起こる人もいます。健康診断で弁膜症の疑いや心雑音などを指摘された人は特に注意しましょう。

弁膜症の図解
歯科衛生士に知ってほしい!病気のこと Vol.1
脳卒中
歯科衛生士に知ってほしい!病気のこと Vol.2
糖尿病
歯科衛生士に知ってほしい!病気のこと Vol.3
認知症
歯科衛生士に知ってほしい!病気のこと Vol.4
メタボリックシンドローム
歯科衛生士に知ってほしい!病気のこと Vol.6
関節リウマチ