認知症 歯科衛生士に知ってほしい!病気のことvol.3

いつも見ている患者さんの全身状態に目を向けられるように、
看護師向け医療専門メディアのナース専科とタイアップ。
第3回は 『認知症』 について解説します!

順天堂大学医学部・大学院医学研究科 精神医学 准教授 熊谷 亮先生

解説してくれる医師

順天堂大学医学部・大学院医学研究科 精神医学 准教授

熊谷 亮先生

老年精神医学の専門医療を提供する、順天堂大学医学部附属順天堂東京江東高齢者医療センター メンタルクリニックに勤務。東京都の認知症疾患医療センター事業に参画する同院で、認知症の早期診断と早期治療、入院治療に従事。日本精神神経学会専門医・指導医、日本老年精神医学会専門医・指導医、日本総合病院精神医学会専門医・指導医、日本医師会認定産業医、精神保健指定医。

ABOUT

認知症はどんな病気?

認知症は後天的な理由で起こる脳の機能障害です。生まれ持った脳の発育障害などとは異なり、脳の神経細胞が死ぬことでそれまで正常に保たれていた認知機能が不可逆的(元に戻ることがない)に低下し、生活がしづらくなる状態をいいます。

認知症にはいくつかタイプあり、【アルツハイマー型認知症】【血管性認知症】【レビー小体型認知症】【前頭側頭型認知症】が4大認知症といわれています。このうち最も多いのが全体の7割近くを占めるアルツハイマー型認知症。次いで約2割の血管性認知症、そしてレビー小体型認知症と続きます。近年は検査の進歩に伴い、血管性認知症の中にもアルツハイマー型やレビー小体型が含まれる例があることがわかり、その割合は変化しつつあります。このほか、アルコール性認知症、正常圧水頭症や慢性硬膜下血腫などの疾患による認知症などがあります。

認知症になると、脳ではタイプによって下図のような変化が起きています。

認知症の4タイプ
SYMPTOMS

どういう症状が現れるの?

認知症になると、脳の機能が低下することで起こる「中核症状」と、本人の性格や周囲との人間関係、環境などの要因が加わって起こる「行動・心理症状(BPSD)」という2つの症状が現れます。認知症であれば誰でも現れる中核症状に対して、BPSDは個人差が大きく、興奮や徘徊、焦燥などについては引き起こされる背景に本人なりの理由があることがわかっています。

脳機能が低下することで起こる「中核症状」と「行動・心理症状」について

また、認知症のタイプによっても症状の現れ方に違いがあります。もの忘れが中心に起こるものにはアルツハイマー型認知症が多く、その他のタイプには次のような特徴があります。

血管性認知症

障害された部位と正常な部位が混在するため、まだら状の機能低下(まだら認知症といいます)がみられます。手足の麻痺や痺れなどを伴うことも多く、進行すると、急に泣き出したり笑い出したりする感情失禁と呼ばれる症状が現れることがあります。

レビー小体型認知症

リアルな幻視とパーキンソン症状(手足が震えたり、関節や筋肉が硬くなる)が特徴です。午前中は落ち着いていても午後には錯乱するなど症状の差が激しく、大きい声で寝言を言う、歩いて外に行ってしまうといった激しい寝ぼけ方(レム睡眠行動異常といいます)をすることもあります。

前頭側頭型認知症

前頭葉が障害されると、性格に変化がみられるようになります。怒りっぽくなり抑えが効かなくなるのも特徴の一つ。側頭葉の障害では、利き手と反対側(優位半球といいます)に起こるとうまく話せなくなったり、利き手側(劣位半球といいます)に起こると家族の顔を見ても誰だかわからなくなったりします。

こんな人に多い病気

認知症の最大のリスクは加齢です。厚生労働省によると、2012年の認知症高齢者数はおよそ462万人。65歳以上の約7人に1人だったのに対して、2025年には約5人に1人(約700万人)が認知症になると推計されています。発症には一部の遺伝子型(アポリポ蛋白E)も関与していますが、明らかに遺伝性といえる例は少なく、最近では90歳を過ぎればアルツハイマー型の変化は誰にでも起こりうると考えられています。

男女比をみてみると、アルツハイマー型は女性に多く(女性ホルモンの分泌に関係)、その他の認知症では大きな差はみられません。一方で、致命的な身体の合併症を引き起こすことが多いのは男性。一般的に男性のほうが喫煙や飲酒、血圧の上昇などで、若い頃から身体にダメージを受けているからかもしれません。

加齢によるもの忘れと認知症

加齢とともにもの忘れが増えたり、名前が思い出せなくなることは誰にでもあります。加齢によるもの忘れは脳の機能が老化していく自然の変化です。これに対して、認知症は記憶力だけではなく、時間の感覚や判断力も低下します。出来事や体験そのものを忘れてしまい、忘れた自覚がなく、それによって日常生活に支障をきたします。症状が進行していくことも加齢によるもの忘れと大きく違う点です。

加齢による物忘れ、認知症による記憶障害の例
PREVENTION

認知症は予防できるの?

認知症を予防するには、生活習慣病(糖尿病、高血圧、脂質異常症)の改善が大切です。特に、糖尿病の有無は認知症との関連が大!糖尿病の人は血管性認知症に約2.5倍、アルツハイマー型認知症に約1.5倍なりやすくなります。このほか、バランスのとれた食事、適度な運動習慣、禁煙なども有効です。アルコールの是非については意見が分かれるところですが、大量の飲酒やおつまみだけの食事になることでビタミンB1不足になると、ウェルニッケ脳症(意識障害や眼球運動の異常などが現れます)を発症して認知症になることがあります。

脳も身体の一部。身体に良いことは認知症予防にも効果的です。

また、アルツハイマー型認知症の人が脳梗塞を併発した、肺炎になった、転倒して足を骨折したなど、病気やけがを合併すると認知症はどんどん悪くなります。特に骨折は指や腕であっても要注意。動けていたときには気づかなかった脳の変化が、骨折をきっかけに表面化しやすくなります。
日常の過ごし方としては、一人でぼんやりする時間を減らし、人と話をしたり、身体を動かしたりすることが大事。刺激の多い生活をできるだけ心がけましょう。

認知症予備軍を早期発見しよう!

認知症は治らない病気ですが、早めに治療を開始すれば、進行を緩やかにしたり症状を改善したりすることができます。それには認知症の前段階「軽度認知障害(MCI)」の発見がとても大切です。約400万人と推定されるMCIは、検査で認知機能の低下がみられるものの、日常生活には支障が出ていない状態。もの忘れをする、物をなくす、探し物が見つからないなどの症状から、本人が気づき、受診してわかる人も多くいます。

MCIは記憶障害の有無、認知機能障害の数によって4つのタイプに分けられます。記憶障害があるタイプではアルツハイマー型認知症、それ以外の認知機能障害があるタイプならレビー小体型認知症、前頭側頭型認知症になる可能性が高くなります。MCIは3〜4年で半数近くが認知症に進行すると報告されているので、定期受診して軽度の時点から治療していくことが大切です。

どんな治療か

まずは生活習慣を改善することが基本です。そのうえで脳を活性化する抗認知症薬やBPSDの症状に合った薬で薬物治療を行います。ただし、認知症を根本的に治す薬はまだありません。適応外使用となりますが、最近ではMCIの状態から薬を使うケースも増えてきています。理由をつけて外出するのを避けたり、億劫がるといった意欲低下(アパシーといいます)の改善に効果が上がっています。

TOPICS

歯科衛生士のための認知症トピックス

口腔ケアと認知症

高齢になると歯や口の機能が低下し、それがさまざまな病気を引き起こす要因になります。認知症もその一つ。噛むことが脳の活性化につながることは知られていますが、歯の喪失はアルツハイマー型認知症のリスクを高めることも明らかになっています。

歯を失う主な原因は歯周病とう蝕です。中でも歯周病は糖尿病と密接な相互関係にあることに注目です。歯周病の人は糖尿病が重症化しやすく、逆に糖尿病の人は歯周病が重症化しやすくなります。認知症と糖尿病も同じような関係性にあることを考えると、歯周病で糖尿病が悪化することによって認知症も増悪するという悪循環に陥る可能性があるのです。

最近では、国立長寿医療研究センター、名古屋市立大学などの研究グループによって、血液を介して脳内に入り込んだ歯周病原因菌がアルツハイマー型認知症の原因の一つであるアミロイドβ蛋白を増やし、認知症を悪化させることがわかってきました。認知症においても歯周病予防や歯の喪失防止はとても重要なのです。

義歯使用と認知症発症との関係

家族が認知症になったら

認知症は死に近づく病気であり、家族の負担も大きい病気です。ただ、「認知症=死」ではありません。認知症と診断されたら、その後をどう生きるか、どういう最期を迎えたいか、意思決定できる力が残っているうちに本人を交えてきちんと話し合っておくことが大切です。急に症状が悪化して家族だけでは判断しづらかったり、決定してもそれが最善だったのか葛藤したりするケースも多いからです。

日常生活においては、露骨な病人扱いや本人のプライドを傷つける否定的な言動はできるだけ慎むようにしましょう。精神活動に悪い影響を与え、それが怒りっぽさや不機嫌さを誘発してさらに対応が困難になることもあります。認知症は今日できたから明日もできる、今日できないことは明日もできないとは限らない病気です。本人が望むならやってもらい、できるかどうかまで見守る。できないことは無理強いしないで一緒にやろうと声をかける。線引きは容易ではありませんが、本人が喜んでやれることが見つかれば、それを続けていくのも一案です。もの忘れがひどくなってできないと思っていたのにできた!という「達成感」は本人にとって良い刺激となり、精神的にも安定します。

近年は認知症の人だけでなく、介助者の支援や相談に対応する制度、サービスが整備され、地域で見守る認知症サポーターの数も増えて、社会全体で認知症の人を支える基盤が整いつつあります。認知症が疑われたら、まずはかかりつけ医や認知症疾患医療センター、地域包括支援センターなどを活用して相談しましょう。

歯科衛生士に知ってほしい!病気のこと Vol.1
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糖尿病
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メタボリックシンドローム
歯科衛生士に知ってほしい!病気のこと Vol.5
狭心症・心筋梗塞
歯科衛生士に知ってほしい!病気のこと Vol.6
関節リウマチ