高齢者の体調急変
リスクと
気づき方
のポイント
歯科衛生士に知ってほしい!
訪問で役立つ在宅援助技術vol.6

在宅で療養する高齢者の多くは、疾患の影響や加齢に伴う身体機能の低下から体調の急変を起こすリスクを抱えています。
訪問中に体調の変化がみられたら、適切な医療につなぐことが大切です。
今回は、高齢者の特徴をふまえた急変のリスクと体調の急変に気づくためのポイントについて解説します。

湘南医療大学 保健医療学部 看護学科 在宅看護学 教授 湘南医療大学大学院 保健医療学研究科保健医療学専攻修士課程 健康増進・予防領域 教授 小林 紀明先生

解説

湘南医療大学 保健医療学部 看護学科 在宅看護学 教授
湘南医療大学大学院 保健医療学研究科保健医療学専攻修士課程 健康増進・予防領域 教授

小林 紀明先生

超高齢社会の現在、地域全体による高齢者の支援が重要な課題となっている中、多職種連携・協働における基礎教育と実践教育の両側面から研究を進めている。研究内容は「大学の基礎教育課程における専門職連携教育の構築」「介護支援専門員の多職種連携における協働的能力」など。日本在宅ケア学会、日本保健医療福祉連携教育学会、日本看護技術学会、日本看護科学学会、日本看護研究学会、日本看護学教育学会ほか。看護師。

ABOUT

高齢者の体調変化が気づきにくい理由

高齢者の体調変化は、成人に比べると気づきにくく、受診が遅れてしまうことがあります。その理由は、高齢者の身体的な特徴にあります。主なものとしては、以下の3つがあり、これらが複合的に重なることで、疾患特有の症状が現れなかったり、検査結果が診断基準に当てはまらなかったりして、診断が遅れがちになります。

1.多重疾患

●複数の疾患が重なり、症状が多様になりやすい

  • ・高齢者は複数の疾患をもつことが多いため、疾患が影響し合い、めまい、失神、転倒、せん妄(後述)、食欲低下、体重減少、尿失禁など多様な症状がみられやすい
  • ・症状が多様であるため訴えがはっきりしない

2.体力や体内の調節機能の低下

●典型的な症状にならない

  • ・体内を一定の安定した状態に保とうと働く調節機能の力(予備力)が低下するため、体内バランスが崩れて疾患にかかりやすい
  • ・体力の低下から疾患が治りにくく、急変もしやすい

3.感覚機能の低下

●感覚機能が低下しているため、状況や状態を正確に自覚できない

  • ・感覚機能が低下しているため、症状があっても気づきにくい
  • ・発熱していることに気づきにくく、感染症が悪化しやすい
  • ・暑さを感じにくく、喉が渇いているという自覚も少ないため、脱水症状になりやすい
  • ・痛みを感じにくく、疾患の発症や悪化、外傷や骨折などに気づきにくく発見が遅れやすい
  • ※痛みを感じにくくなる要因には他にも、加齢に伴う自律神経系の機能低下により、痛みの閾値(痛いと感じる最低の強さ)が上がることや痛点(皮膚にある痛みを感じる場所)の減少、神経伝達速度の低下などがある

基本的なバイタルサインと基準値

バイタルサインとは、人の生命維持にとって最も基本になる情報をいい、主に体温・血圧・脈拍・呼吸を指します。療養者の体調に変化がみられたときは、まずバイタルサインを確認することが大切です。中でも血圧は、急激に上昇したり低下したりする場合には緊急性が高いことがあり、注意が必要です。
バイタルサインにはそれぞれ基準値(正常とされる値)がありますが、個人によって平常時の値は異なることがあります。そこで療養者の日頃の値を知っておくとよいでしょう。また、緊張や不安などから値が変動しがちであるため、いつもと違う測定値が出たときには、少し雑談などをして気持ちを落ち着かせてから、再び測定するようにします。

SYMPTOMS

高齢者に起こりがちな急変と症状の現れ方

訪問中に療養者の体調が変化したときには、医療者として適切に対応することが求められます。ところが前述のように高齢者では、発症しても典型的な症状としては現れないことがあります。ここでは、高齢者にとって体調が急変する原因となる主な疾患を取り上げ、注意点をまとめます。

1.脳血管疾患<脳梗塞、脳出血など>

初期症状として、麻痺やしびれ、意識障害、ろれつが回らないなどがありますが、必ずしもこれらの症状が現れるとは限りません。特に前ぶれなく次のような症状が現れたら、注意が必要です。

  • 注意したい症状
  • 急に耳が聞こえなくなった
    例:今まで聞こえていたのに話しかけても聞き返す
  • 急に言葉が出なくなった
    例:「あの、あの…」としか言わない

2.心疾患<心筋梗塞、狭心症>

初期症状は胸痛で、胸が締め付けられるような痛みといわれます。しかし、胸部以外にも痛みが生じることも多く、これを放散痛(関連痛)といいます。放散痛は歯にもみられるため、原因のわからない歯痛は注意する必要があります。
また、痛みのない無痛性心筋梗塞もあり、特に糖尿病患者では神経障害のために起こる頻度が高いとされています。

  • 注意したい症状
  • 肩、歯(特に奥歯)、胃、背中など上半身に痛みが現れる
  • なんとなく気分が悪い
  • 吐き気がある
  • 急に冷や汗をかく

3.呼吸器疾患<肺炎(誤嚥性肺炎も含む)>

加齢に伴い、呼吸機能に生理的変化が起こり、肺炎にかかりやすく、重症化する傾向があります。また、嚥下機能の低下による誤嚥性肺炎(Vol.4参照)も高齢者に多い疾患です。
肺炎は、発生頻度が高く命にかかわることもあるため、注意したい疾患です。肺炎は、発熱、咳、痰などの症状が現れ、呼吸が苦しくなりますが、高齢者では感覚機能が低下し息苦しさを感じないことがあります。また、発熱を起こす機能が鈍化するといわれているため、感染しても体温が上がらず、微熱程度しか出ないというケースも少なくありません。

  • 注意したい症状
  • 食事を摂らない、摂取量が減る
  • 急に活動量が落ちて、寝てばかりいる
  • 顔色が悪い
  • 大量の汗をかく
  • 湿性嗄声<しっせいさせい>(気管の近くで「ゼロゼロ」という音が聞こえる)がみられる
    ※誤嚥の可能性がある

4.消化器疾患<消化管出血、消化管穿孔>

胃や腸の出血、穿孔(孔があく)が起きると、通常は腹部に激痛を感じます。しかし高齢者では痛みを自覚しにくいため、痛みが軽度であったりほとんど感じなかったりする場合があり、重症化しやすくなります。特に消化管穿孔では、孔から消化液や消化中の食べ物、便などが流れ出して急性腹膜炎を起こし、放置すると命にかかわりかねません。
自覚症状以外の重要なサインとしては下血があります。黒色のどろどろとした便(タール便)は胃や十二指腸からの出血、鮮血が混じる便は大腸や肛門(痔など)からの出血が考えられます。タール便は下痢と間違いやすいため、便の色を確認することが大切です。

  • 注意したい症状
  • 黒色のどろどろとした便(タール便)や鮮血が混じった便
CHECK

気をつけたい高齢者のせん妄と意識障害

1.せん妄とは

高齢者で起こりやすいのが、「せん妄」です。せん妄の原因は薬の影響や精神的ストレスなど多岐にわたりますが、体調の急変時にも非常に起こりやすくなります。
せん妄は意識障害の一つで、混乱、不安、支離滅裂な言動、幻覚などの精神症状が一時的に起こり、時間とともに変動し、通常は短期間で回復します。また、せん妄が起きている間の記憶はないことが多いのも特徴です。
せん妄がみられたら体調の急変が原因となっている場合があるため、速やかに主治医に連絡することが大切です。

  • せん妄の症状の例
  • 日時や時間、場所がわからなくなる
  • 自宅や入院施設から「帰る」と言い出す
  • 幻覚
  • 怒りっぽくなる
  • 落ち着きがなくなり、動き回ったり、物を動かしたりする
  • つじつまの合わない話をする
  • 過去と現在を混同する
  • もの忘れがひどくなる
  • 点滴の管などを抜いてしまう
    ※上記のような症状が短時間に現れて消えたり、他の症状に切り替わったりする

2.せん妄と認知症の違い

せん妄の症状は認知症(Vol.5参照)と似ており、高齢者では認知症と間違われることも少なくありません。せん妄と認知症の違いを知っておきましょう(表1)。

  • せん妄の原因
  • 発熱
  • 中毒
  • 特定の薬に対する反応
  • 脱水
  • 睡眠不足
  • 急病や手術
  • 精神的ストレス
    (親しい人との死別、転居などの変化)など

意識状態の判定スケール【JCS】

人の意識状態を評価するためのスケールとして、JCSとGCS*というものがあります。日本では、JCSのほうが広く用いられています。 JCSは、何もしなくても覚醒しているかどうかと、刺激を与えたときに開眼するかによって、意識状態を大きくⅠ、Ⅱ、Ⅲの3つに分類し、合計10段階(0~300)で表現します。0が正常な状態で、数字が大きくなるほど意識障害が重度に起こっていることを意味します(表)。
さらに不穏(落ち着きなく周囲を警戒したり興奮している様子)があったら「R」、失禁があったら「I」、自発性喪失(自発的な動きがない)があったら「A」を追加します。
例えば、痛みを与える刺激に対して全く反応がなく、失禁がある場合は「JCS 300-I」と表現します。このスケールがあると、目の前の人の意識状態がどのようなレベルであるかを客観的に他の医療者に伝えやすくなり、相手にもわかりやすくなります。意識状態を適切に共有するためのツールといえます。

* JCS:Japan Coma Scale(ジャパン・コーマ・スケール)、GCS:Glasgow Coma Scale(グラスゴー・コーマ・スケール)

バイタルサインの測定方法と注意点

最近では、自動血圧計やパルスオキシメーターなど簡単に測定できる機器が普及して、家庭でも血圧や脈拍といったバイタルサインを測定できるようになりました。また、呼吸が苦しそうなときには、呼吸の回数を測ることで異常を確認することができます。ただし、より正しい結果を得るためには、いくつかの注意点があります。

  • 1)血圧測定の注意点
  • ・測定時は腕を心臓と同じ高さに置き、肘を曲げないようにする
  • ・時間帯によって測定値が変化するため、朝・昼・夜など時間帯ごとにどのくらいの値か把握しておくとよい
  • 2)呼吸数の測定方法と注意点
  • ・胸や腹部をみて、「吸って吐く」の動きを1回として数え、1分間測定する
  • ・呼吸のリズムに乱れがないかどうかも確認する
  • ・じっと見られていると、呼吸が乱れることがあるため、物品の準備をしている間に測定するなど、療養者に測定していることを意識させないように工夫する
  • 3)触診による脈拍の測り方
  • ・脈拍は手首のドクドクとした拍動を感じる部位で測る
  • ・人差し指・中指・薬指を軽く当て、15秒間または30秒間、脈を数え、「15秒間の測定値×4」または「30秒間測定値×2」で60秒間の脈拍数を算出する
POINT

医師・ケアマネジャーとの速やかな連携のために

療養者に体調の変化がみられたら、ケアマネジャーや主治医に伝え、受診につなげます。呼吸困難や意識障害など緊急性が高い症状のときは、日頃から緊急時の医療機関の連絡先や対処方法を把握しておき、迅速に対応できるようにしましょう。
療養者の体調変化をケアマネジャーや主治医などに伝えるときには、その状態を客観的に、的確で簡潔にわかりやすく報告することが大切です。そこで活用したいのが、医療者間でよく使われているSBAR(エスバー)です。
SBARは状況(Situation)、背景(Background)、評価(Assessment)、提案(Recommendation)の頭文字からなります。これら4つの要素ごとに情報を整理して報告することで、他者にわかりやすく状況を伝えることができます。
主に急変時の情報伝達に効果的な方法といわれていますが、ケアマネジャーに相談や提案をするときなど、在宅医療者間のコミュニケーションツールとしても活用できます。

文献

1)日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会編:高血圧治療ガイドライン2019.ライフサイエンス出版,2019.